【相模原市南区】約4,700年前の縄文時代にタイムスリップ?大集落跡が見つかった国の指定史跡勝坂遺跡公園で体感してきました
大正時代に、発見された数々の土器。はるか昔の縄文時代に大きな集落があった場所が、遺跡公園として整備されました。
というわけで史跡勝坂遺跡公園へ、先日行ってきましたよ~!車で通る度に、とても気になっていた場所です。
それでは早速駐車場から歩いて行ってみましょう!
広大なこの土地の周辺で、約4,700年前の縄文時代中期に大勢の人々が暮らしていたなんて…なんだかロマンを感じますよね。
途中で階段に遭遇。ちょっと暗いので、こっちで合ってるの?と躊躇したくなりますが大丈夫!階段を上がると、大きな広場に出ます。
分かれ道になっていますね。左へ行くと…
管理棟とトイレが右側にあります!
そして、管理棟の横には2台の駐車スペースがありました。
そして、先ほどの看板の右側へ行くと…
お~!こちらは敷石住居だそうです!縄文時代中期の終わりごろは、石を敷いた住居に住んでいたそうで、こちらは発見当時の状況をレプリカ展示してあります。
ちなみに…さっきの分かれ道は右へ行っても左へ行っても同じ広場に着くのでご安心ください。
さて、広場の端の方には…
わ~!竪穴住居(笹葺)1号住居だ~!勝坂遺跡D区(勝坂遺跡公園内)では、80軒以上の竪穴住居が発見されたのだそうです。相模原市南区に、そんな歴史の痕跡が残っていたなんて…素晴らしい~!
全国的にも珍しい笹葺住居を復元しているのだそう。これは、とても貴重なものなのですね…。
恐る恐る、住居の中を覗いてみると…
昔の人々の暮らしに思いを馳せながら、なんだかタイムスリップしたような不思議な感覚。
この周辺で見つかった土器は、勝坂式土器と呼ばれこの時代のめやすとなったそうです。いや~この辺りで大昔の人々が住んだ「跡」が見つかったなんて、感慨深いですね!
そしてこちらは竪穴住居(土葺)3号の復元住居ですが、現在はこのように立ち入り禁止となっています。
保温性に優れた構造で、寒い時期だけの「冬の家」として住んでいた可能性があるようですね。
大自然の中の縄文時代を再現した公園は、本当にその時代を思わせるような雰囲気でとても落ち着く場所でした。
こちらの公園では、定期的に遺跡ガイドを行っています。この地域の歴史を知るチャンスなので、気になる方は是非!
相模原市南区の誇るべき遺跡公園。皆さんも、縄文時代に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
史跡勝坂遺跡公園の場所はこちらです。
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